大判例

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名古屋高等裁判所 昭和32年(ラ)53号 決定

抗告人 合資会社 松岡商会

相手方 大垣税務署長

訴訟代理人 宇佐美初男 外三名

主文

原告決定を取消す。

理由

本件抗告の要旨は、原決定の取消を求め、その理由として別紙記載のとおり申立てた。

よつて案ずるに、当裁判所は、原決定を不当としてこれを取消すべきものと判断する。説示すること次の如し。

本件訴訟記録の訴状によれば、原告(抗告人)は被告名古屋国税局長に対し同局長が昭和三十年六月二十三日になした審査請求棄却決定の取消を求め、被告大垣税務署長に対し同署長が昭和二十九年二月六月になした再調査請求棄却決定及び昭和二十八年十二月四日になした更正処分の取消を求め、その原因として、被告大垣税務署長は、昭和二十八年十二月四日原告の自昭和二十六年五月一日至昭和二十七年四月三十日事業年度の確定申告書の所得金額及び法人税額につき更正して、追加納入すべき税額を定めた。原告は右更正処分を不当として、同署長に対し再調査請求をしたところ、同税務署長は昭和二十九年二月六日これを棄却した。そこで、原告はこれに異議ありとし名古局国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は昭和三十年六月二十三日これを棄却した。しかし、右審査請求棄却決定は不当であるから、同局長に対しこれが取消を求めると共にこれに関連し、右再調査請求棄却決定及び更正も亦不当であるから同局長に対しこれが取消を求める、というにある。これによつて見れば、本件訴は、審査請求の目的となつた大垣税務署長のなした更正処分の取消を求めることが明らかである。従つて、法人税法第三十七条に基き、名古屋国税局長の審査決定を経た後でなければ、これを提起することができないものである。然らば、本件訴は最終の行政処分をした行政庁である名古屋国税局長を被告として、同局長のなした審査請求棄却決定の取消及び同棄却決定によつて是認された大垣税務署長のなした更正処分の取消を求めるをもつて足るものと解する。けだし、更正処分をなした大垣税務署長に対し、再考を促すために再調査請求をなしたところ棄却され、これを不服として、上級官庁たる名古局国税局長に対してその審査を求めたのに対し、同局長は大垣税務署長の更正処分を是認して審査請求を棄却したのであり、国民及び下級官庁は上級官庁の決定に覇束せられるのが当然である以上、名古屋国税局長のなした審査決定も一の行政処分に外ならず、その処分の取消を求めるものだからである。

行政事件訴訟特例法第三条(以下法と略称する)の文言よりすれば名古屋国税局長の審査請求棄却決定により大垣税務署長のなした更正処分が有効に存在することになるから、被告を原処分庁に一定したかの疑なしとしないが、名古屋国税局長の審査決定を「行政庁の処分」より除外すべき理由がないこと前叙のとおりであるから、同局長も亦同条にいう処分をなした行政庁に該るものとする。

由来、抗告訴訟は、行政処分の適法性を争うものであるから、行政主体としての国或いは公共団体を一元的に被告として出訴せしむべきであるが、従来の行政訴訟制度の沿革や実際上の便宜から、法三条によつて、処分をなした行政庁が、国に代行して被告となることを規定したにすぎない。国を代行すべき機関として、原処分庁たる大垣税務署長と裁決庁たる名古局国税局長の両者を共同被告とすることを絶対に必要とする合理的根拠を見出し難い、

これに対し、説があり、一は処分と裁決とを併せて取消を求める場合は、処分庁と裁決庁とを共同被告とすべく、原告がその一方の庁のみを選択したときは、訴の目的はその行政庁のなした処分又は裁決のみに限らるべきであるとし、(国家学会雑誌第六十二巻第八号雄川一郎「行政事件訴訟特例法」)他は、処分に対し訴願の裁決を経た場合、原告の選択により処分庁、裁決庁のいずれを被告としてもよい。処分庁と裁決庁とは同一系統の行政庁だから、被告が処分庁、裁決庁のいずれであつても、原処分と裁決との両者の取消を併せて求めることができる、とする。前説は、当裁判所の探らざるところであり、後説は主体たる国の代行機関として見る点において肯綮に値するが本件の場合、深く立入る必要がないので省略する。前説においても、一方の行政庁に対する請求部分を分離して移送し得ることを是認したものでないことに注意すべきである。

然らば、本件の如く、原処分庁たる大垣税務署長と裁決庁たる名古屋国税局長とを共同被告として各別にその庁のなした処分の取消を求めた場合、大垣税務署長に対し被告適格を欠くとして却下すべきか、というに、そこまで徹底した措置をとる必要はあるまいと考える。何となれば、本件訴訟は大垣税務署長のなした更正処分を取消すことを目的とし、訴訟の目的物は一個と見るべく、両被告は、国の代行機関として上下一体して防訴し、その間矛盾する主張はあり得ず、従つて両者に対し相矛盾する判決が出ずることは予想し得ないし、被告大垣税務署長は被告名古屋国税局長を補助する立場において関与するものと見るべきだからである。もとより、本件訴は、抗告人のいうが如き法六条の関連請求の併合ではない。両被告に対し、各別にその処分の取消を求める形態において、一見別個の訴訟のような観を呈するけれども、両処分は、各独立の効力を有するものでなく、上下一体として大垣税務署長のなした更正処分を是認した行政処分の取消を求める合一目的の訴訟である。この観点に立つて、両被告の関係を考えると、類似必要的共同訴訟の関係に立つものと解する。

従つて、本件訴訟は、両被告に対する請求を分離し得ないというべきである。

然るに、原決定は被告大垣税務署長に対する請求部分を分離し、その管轄庁たる岐阜地方裁判所に移送したものである。失当たるや論を俟たず、原決定は取消すべきである。

本件を被告大垣税務署長に対する分は岐阜地方裁判所において、被告名古屋国税局長に対する分は名古屋地方裁判所において別個に審理判決するときは、両判決が相反することなきを保し難い。行政庁はいずれの確定判決に拘束せられるるか、行政訴訟の目的は全く没却せらるるに至るであろう。もしこれを防止するために分離移送の後に孰れか一方を却下するというような考えをとるならば、分離移送前に一方に対する請求を却下すべきであろう。重復訴訟の一方を却下すべきは訴訟が別異の裁判所に繋属すると同一裁判所に繋属するとで異なるものではないからである。要約するに本件の如く両被告を共同訴訟として提起せらるれば必要的共同訴訟の訴訟法律関係を採り分離を許さず又別個の訴として提起せられた場合は同一裁判所に提起せられたる場合なると別個の裁判所に提起された場合なるとを問はず何れか一方は却下さるべきものと解する。

よつて、原決定を取消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 北野孝一 大友要助 吉田彰)

(別紙)

抗告理由

一、いわゆる処分庁(大垣税務署長)と裁決庁(名古屋国税局長)とを共に被告として、処分及び裁決の取消し、変更の訴を裁決庁の管轄裁判所に提起し得ることについては、原裁判所において原告(抗告人)が添付昭和三十一年二月二十二日附準備書面(写)第二、三項において詳述した通りであるから、ここにその記載を引用する。

準備書面第二、三項は次のとおりである。

二、専属管轄は一般に主として公益的要求に基ずくものであり、右特例法四条の規定も同趣旨に基ずくものであろう。

しかしながら、右特例法はいわゆる関連請求の併合を認めている(六条)。本訴において大垣税務署長に対する請求は名古屋国税局長に対する請求と関連する請求であるから、右の規定により御庁において審理が可能である。この点については、いまだ判例の拠るべきものはないが、右の如く併合審理を可能と認める所説が有力である。例えば左の如し。

「(関連請求は)行政処分と関連のあるものでなければだめなので、だから処分庁と裁決庁を相手どつて原処分の裁決を争うようなものは、これと関連するからいい」(兼子教授)「そういう考え方でいいんでしようね。関連請求の例として関連する原状回復、損害賠償その他の請求と(法文上)出ているものだから、関連する処分の効力を争う場合が除外され、関連するものは当事者訴訟的な性質を持つたものだけに限られるという感じがするのですけれども、しかしそういうふうに限定する必要は必ずしもないように思う。関連する処分の取消ということならば、それもこの(六条にいわゆる関連請求)中に含めて考えていいと思います」(田中教授)(ジユリスト八七号五九頁四段)

「例えば原処分と訴願の裁決との関係について考えれば、訴願裁決というのは原処分に原因してでてくるものですから、その相互間は、やはり関連請求として考えていると思う」(豊水法務省訟務局第四課長)(同上誌六〇頁二段)

さらに管轄の点についても、いわゆる処分庁(本件では大垣税務署長)と裁決庁(名古屋国税局長)と所在地を異にし管轄裁判所が異るときは少くとも裁決庁の管轄裁判所に本件の如き訴訟の提起されたときは、四条の専属管轄の規定にかかわらず、六条により併合審理を認むべしとする所説も有力である(ジユリスト八五号五八頁二段以下参照)。けだし、四条の専属管轄の規定は条文の配列の順序からいうも、六条の関連請求併合の規定によつてその限度において制約されるからである。

これを被告の応訴の便宜などの点から見ても、裁決庁のみを相手どつた場合でも、裁決庁はおそらくは処分庁との緊密な連絡を必要とし、処分庁においても裁決庁と共に相手どられた場合と事務上の負担は甲乙ないであろうし、被告の代理人も法務大臣のいわゆる一元的訴訟遂行指揮権の活用によつて、適切な指定又は選任が行われ得る等(本件被告両名の指定代理人について既にしかり、国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律、ことにその二条、六条参照)、被告等の負担は何等加重されないから、むしろ適当である。他方原告はこれにより審理重復の負担を省かれ、しかも一挙に実効のある裁判をうけうる可能性があり、もとより利益である。また裁判所も全体としては重復審理の煩を省かれ、負担は軽減される。

三、若し、しからずとすれば、本訴において大垣税務署長に対する部分は、右特例法一条及び民訴三〇条一項の明文により、岐阜地方裁判所に移送されることとなろう。しかるときは、前述のとおり訴訟経済上も好ましくないことは明かであるが、双方の判決が矛盾することも絶無ではない。さらにそのままこれが確定すれば、関係行政庁は相矛盾する二つの判決に拘束されることとなり(特例法一二条)しのび難いものがあろう。なお処分庁と裁決庁を別個に相手どつた場合は、後の訴を重復起訴として却下し得るとしても(村崎満、税法に関する争訟二二一頁)、右の如き移送の場合はこれが不可能である。けだしこの際二つの訴は同時に提起されたと見るべきで(民訴第三四条一項参照)、重復起訴禁止の規定(同法二三一条)に抵触しないからである。従つて移送後においても双方の判決が矛盾することがあり得る。

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